タヌパック短信 13

●たまには小説の話を


 ときどき知人から、「早く有名になってくださいよ。あのたくきよしみつは私の知人だよ、って人に自慢できますから」なんてことを言われます。売れない作家にとって、これは二重に辛い言葉です。売れていないという事実を再確認させられる上に、どんなにいい作品を書いても、やっぱり売れない限りはこの人にとって僕の存在価値は低いのか……と思わされるからです。
 最近、「売れる構図」というのがようやく見えてきました。あれは八割方「たまたま」なんですね。なぜなら、普段小説など読まない人たちが「今、○○という本が売れているらしい」という情報に乗る→書店でたまたま見かける→なんとなく手を伸ばした末にそのままレジに行く……という連鎖反応が起こって初めて、その小説が「売れる」からです。内容は二の次。問題は先行する情報なのです。
 例えば、去年『パラサイト・イヴ』(瀬名秀明・著、角川書店)という本が五十万部くらい売れたそうです。ミトコンドリアが意志を持って宿主である人間の精神を支配するという話です。
 この『パラサイト・イヴ』に先立ち、『二重螺旋の悪魔』(梅原克文・著、朝日ソノラマ)という作品が、やはり遺伝子をネタにした作品として発表されています。これは『パラサイト・イヴ』の大ヒットにも引っぱられるような形でその後、売り上げを伸ばし、五万部(?)くらいのヒットになったそうです(現在の文芸では、万単位売れる本は十分にヒット作と呼べます。僕の本などは数千部の初版を売り切れずにそのまま数年後に絶版の運命です)。
 で、この二作を読んだ人に訊いてみると、ほとんどが「『二重螺旋の悪魔』のほうが面白かった」と答えます。
 『パラサイト~』は『二重螺旋~』の十倍売れているわけで、単純計算しても『パラサイト~』を買った人の九割以上は『二重螺旋~』を読んではいないことになります。で、その九割の人が「いやあ、『パラサイト~』は面白かったですよー」と言い、それでますます『パラサイト~』が売れていく。
 別の例をひとつ。やはり去年売れた鈴木光司氏の『らせん』という作品があります。これはその前の『リング』という作品が売れて、それに引きずられるような形でさらに爆発的に売れたのですが、これも両方読んだ人の多くは「『リング』に比べれば『らせん』はそれを受けて続編を無理矢理書いた感じがして感心しなかった」というようなことを言います。しかし、その『リング』も、最初に単行本として出たときにはまったく売れず、その後、角川がホラー文庫を創設し、そこに入れて文庫化したら予想外に売れてしまったというのが実情のようです。(ちなみに、僕自身は、『リング』よりは、さらにその前の彼のデビュー作『楽園』のほうが楽しく読めました)
 僕の友人にFさんという漫画家がいます。作品がヨーロッパやアジア各国で発売され、最近ではフランスの著名な漫画家の原作を依頼されるなどしている実力派ですが、彼の作品は日本ではほとんど売れません。
 かつて彼の長編作品がミュージカル化されヒットしたときには、出版社も「これからはようやく日本でもFさんの作品が評価される時代になる」と色めき立ったそうですが、ミュージカルの評判はよかったものの、原作は売れなかったそうです。彼はもう「日本で売るなんていうことにはまったく興味を失った」と言います。
 そのFさんいわく。
「たくきさんね、せっかく『カムナの調合』が業界内ではある程度評価されたんだから、これから同じようなのを最低二作は続けるんですよ。『カムナの○○』みたいにシリーズ化して、駄目押しするの。内容は多分どんどんつまらなくなりますよ。作者であるたくきさん自身が飽きてしまうだろうしね。でも、我慢して、それをやるのよ。そうすれば三作目が出るあたりで、つまり、作者としては恥ずかしくて、もういい加減やめたいと思う頃に売れますよ。世間ってそういうものです」
 なるほどなあと思いました。でも、飽きながら同工異曲を書き続けるのは辛いなあ。Fさんも僕と同じタイプらしくて、「やっぱり絶えず自分に面白いことをしていたいものね。食えなくなるのは困るけれど、ぎりぎりでやっていければいいんですよ。僕はこれからは好きなことだけやって、綱渡りで漫画家を続けて、最後に『ああ、人生って、結構甘かったな』って思いながら死ぬのが目標ですね」なんて言っている。確かにそれはそれで究極の幸福かもしれないけれど……うーむ。
 先日、「小説すばる新人賞」をいただいた拙作『マリアの父親』(集英社)を数年ぶりに読み直してみました。当時の気分を思い出すために二、三ページぱらぱらと見るつもりが、そのまま一気に最後まで読んでしまいました。結末を知っているのに、最後の数行では、恥ずかしながら自分で感動したりして……まったく困ったもんです。
 売れる売れないは「たまたまの結果」であるならば、そんなことは一旦忘れ、「作家を続けていける程度にきちんと評価され、かつ、より多くの人たちに受け入れられる努力を惜しまない作品を出し続ける」というぎりぎりのところで勝負をしたいと思います。せめて数年後の「読者の自分」が「読んで損しなかった」と思える作品を書かねば。読んで損しなかったと思える本ですら激減している昨今ですから、これとて十分に高い目標だと思うんですが……、やっぱり甘いでしょうか?


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