タヌパック短信 10


●十五年ぶりのステージへの道のり


 僕は給与所得というものを得たことがありません。アルバイトはいろいろやりましたが、いわゆる「会社」に勤めたという経験がないのです。
 でも、「自由業」としては結構いろんな仕事を経験してきました。ざっと列挙してみましょう。
 家庭教師(クラスでビリから三番目の落ちこぼれのいじめられっ子を、一年半教えて京都大学理学部に現役合格させた実績があります)、塾・予備校講師(教科は英語のみ)、英語の参考書・学習書の執筆・編集、ラジオ番組の構成作家、テレビ雑誌の取材記者・アンカーマン、コピーライター(クルマのカタログなんかも作りました)、漫画の原作、タレントや脚本家のゴーストライター、作曲家・編曲家・歌手(「ロッテパイの実」のCMソングなんかを歌っていました)、シンガーソングライター(レコードも出しました)、英会話ビデオ教材の執筆、アイドル雑誌の取材記者とそれに関連したダイヤルQ2番組の制作、CMや番組用の音楽制作(天気予報の裏や企業のイメージCMの裏でタヌパックスタジオで録音された僕の音楽が流れていました)、アニメビデオや冗談カセットの制作、幼児向け教材の音楽制作……。
 で、今は一応「小説家・音楽家」と名乗っています。音楽のほうはちっとも仕事にならないし、CDを作ってもほとんど持ち出しなんですが、今でも、一生を通じて残したい仕事を一つだけ選べと言われたら、迷わずに「音楽」と答えます。
 しかし、人前で演奏活動をしたのは、二十五歳を最後に、ぷっつりと途絶えてしまいました。僕にとって、二十代後半と三十代の音楽活動というのは、ひたすら作曲し、それを録音する作業のことでした。そしてそのことに、それほど疑問を感じてはいませんでした。
 ただ、一生のうち、一度でいいから、自分が納得のできるレベルの音楽を人前で演奏してみたいという欲求はありました。それを実現するためには楽器の練習という面倒な作業が必要なわけですが、作曲家志向の僕としては、なかなかその単純作業に立ち向かえなかったわけです。
 三十七歳でジャズギターをイチから学び始めて四年弱。ついに人前でギターを弾く、しかも師匠と対等の関係で同じステージに立つ日が来ました。師匠と組んだギターデュオ「KAMUNA」の初ライブが決まったのです。運命の日は、この通信がみなさんのお手元に届く頃、四月六日です。


●最近のタヌ


 年末頃、タヌは足腰も立たなくなり、食事を拒否し、暗いところへ潜り込もうとしていました。野生動物は自分が死ぬとき、こんなふうに誰にも見つからない場所で即身仏のように死んでいくようです。ああ、いよいよ死のうとしているんだなと、僕らも覚悟を決めました。
 今までネコや兎や犬を飼った経験から、最後に輸液して生きながらえさせるようなことはしたくありませんでした。でも、まだ十歳になっていないはずだし、もう少し大丈夫なんじゃないの? という思いもありまして、半ば強引に家の中に入れ、鰻の肝など精力のつきそうなものを目の前に置き、「もう少し生きてみたら?」と話しかけているうちに……数日後、突然がばっと起きあがり、ばくばくご飯を食べ始めました。
 その後も、何度か死ぬ素振り、うまいご飯をあげて説得、やや回復、また死ぬ素振り……ということを繰り返しているうちに、気がつくとすっかり座敷狸になってしまいまして、今は食堂兼居間でお気楽な晩年を楽しんでいます。こたつ蒲団はとっくにタヌに取られているんですが(折り重ねた上に女王様のように寝ている)、それでも飽きたらずに、人間の座布団を奪って自分のものにしたり、台所の隅やテーブルの下に「別宅」を作って適当に移動してみたり、好き勝手やっています。もう長くないと思ったから鰻とかフライドチキンなんていうごちそうをあげていたんですが、すっかり味をしめて、同じものを続けて食べないというわがままぶり。それでも食が極端に細いことには変わりなく、内臓が弱っているので食べてもすぐに吐いてしまうので、どうしても贅沢を許してしまいます。今にも死にそうな潤んだ目でぐったりしていて、明日起きたら死んでいるのかなあ……と思いながら二階に上がって寝ると、その夜、部屋中のコードを噛みきり、手当たり次第に物をぶん投げたりしていて、まったく毎日が化かし合いの連続。最後の最後までタヌキなんだから……もう。
 なんだか、性格の悪いばあさんを抱え込んでしまった心境です。

●『カムナの調合』発売中です!

 前号でもお伝えした、僕にとっては最長の小説『カムナの調合』が発売になりました(読売新聞社刊・一六〇〇円)。
 帯の裏側の文句を転載してみます。
〈佐渡を起点に拡がる突発性発狂現象。作家・矢神陣市は女性カメラマン一子とともに事件を追う。薬物中毒か、それとも未知の奇病か? 越後のうらぶれたホテルで働く謎の美少女・涼香(すずか)との出会いが、事件の真相に迫る思わぬ扉を開く。七三一部隊の影を引きずる霊能者の老女と「天狗族」たちが導く、闇の世界への旅路〉
 ちなみに、僕が今までに出した小説はすべて「○○の××」という形になっています。もしかして、これって、売れないタイトルの形なのかなあ?
 でも、今度こそ……(祈り)。


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