■■まえがき■■
はじめに
企画書、論文、電子メール……今や、日常生活において、ほとんどの文章はパソコンを使って書く時代になってきました。
出版の世界も、激動の時代を迎えようとしています。「注文があれば一冊単位で本を印刷・製本する」というオンデマンド出版の登場により、出版物は本や生原稿という「物」ではなく、デジタルファイルでの管理が中心になっていくでしょう。デジタル技術の進歩により、絶版された出版物は甦り、誰もが自由に、全世界に向けて文字情報を発信できるようになりました。
一方、こうした文字文化における大変革に対して、多くの人々は未だに自覚がないように見えます。紙に文字を書く(あるいは印字する)ことと、最初からデジタルファイルとして文書を作成し、保存することとは、根本的に違うことなのですが、その「違い」の意味を分かっている人は、驚くほど少ないようです。
そもそも「パソコンで文章を書く」とはどういうことなのでしょう? 「パソコンで文章を書くのはストレスがたまる」と嘆く人が多いのはなぜなのでしょう? ようやくパソコンで文書作成できるようになっても、その文書を活用しようとすると、ファイルの互換性や中身の文字化けなどでトラブルが多発するのはなぜなのでしょう?
これらの多くは、「テキストファイル」というものが正しく理解されていないことに起因しています。
ここでいう「テキストファイル」とは、「文書を記録したファイル」という広義の意味ではなく、「文字コードだけで記録された最も基本的なファイル形式」という意味です。多くの人が誤解しているのですが、ワープロソフトで書いてそのまま保存した文書は「テキストファイル」ではありません。例えばワードで書いて、そのままワード形式で保存した文書ファイルは「○○○.doc」というファイル名になりますが、これは「テキストファイル」ではありません。同様に、一太郎で作成・保存した文書も、エクセルで作成・保存した文書も、やはり「テキストファイル」ではありません。
こう書いていくと、「そんな専門的な話は……」と逃げ腰になるかたもいらっしゃるかもしれません。「理屈はどうでもいいから、とりあえずワードやエクセルが使えればいい」とおっしゃるかたも多いでしょう。でも、本当にそうでしょうか? 特定のソフトの操作だけ覚えればよいと言う人は、パソコンを学んでいく際、かえって遠回りをし、泥沼の迷路に迷い込むことになります。
本書はコンピュータの専門的な技術を論じるものではありません。ましてや特定ソフトの解説書でもありません。人間が長い歴史をかけて築いてきた「文字による文化」というものを、これから先のデジタル時代にも健全に発展させていくためにはどうしたらいいかというテーマを扱っています。
文字による情報というのは、文化の基礎です。その基礎の部分が、手書きによるアナログ情報から文字コードによるデジタル情報へと変わったのです。この部分をしっかり理解しないことには、これから先、「文化」に参加できなくなります。
大人は忘れていますが、今、私たちがあたりまえのように読み書きできるのは、幼少の頃にかなりの時間をかけて習得した知識や技術があるからです。その知識や技術が、今になって根底から変革されたのです。嘆いたり尻込みしていても始まりません。自分がどの年代に属していようと、「デジタルで文書を作る」という技術を基礎から学ぶことは、避けられないことです。
HBの鉛筆と2Bの鉛筆とは何が違うのか……というようなことを知らないまま、鉛筆で文章を書く人は少ないでしょう。それと同じことで、テキストファイルとは何かということをしっかり理解しないままパソコンに向かい、文章を入力するのは無謀なことです。
「テキストファイル」とは何か? なぜ、「テキストファイル」がそんなに重要なのか? すべてはここから始まります。基礎は早いうちに身に着けたほうがよいに決まっています。「できる××!」とか「ポチでもわかる××」といったソフトの入門書を買い求める前に、ぜひ本書を一読してみてください。
コンピュータと文字文化の深遠な問題を共有し、新しい時代の文字文化を一緒に考えていきましょう。
目次
【はじめに】
◆第1章 「紙に印刷する」という発想からの脱却
◎手書きかワープロかという論争の愚
……もはや手書きは「趣味の世界」のこと
◎「パソコンではよい文が書けない」は大嘘
……推敲が足りぬままの文章を平気で出してしまう人たち
◎パソコンは簡易印刷機ではない
……「見栄えがよいからワープロを使う」時代は終わっている
◎もう紙の時代ではない
……その文書は本当に印刷が必要か?
◆第2章 文字を記録する手段としてのテキストファイル
◎ファイルには2種類ある
……テキストファイルとバイナリファイルの違い
◎テキストファイルで済むものをバイナリ化する愚
……なぜ、わざわざ互換性を失わせるのか?
◎なぜ、バイナリファイルが幅をきかせているのか?
……互換性をなくすことこそが企業の最終目的である
◎マイクロソフト社とWindowsの歴史
……オリジナルな発明をほとんどしていない会社が世界を支配するまで
◎GIF問題
……インターネットという公共道路にある日突然料金所が設けられた!
◎標準フォーマットは無料であるべき
……文字コードが無料の共有物でなかったらどうなるのか?
◎テキストファイルは「文章」だけではない
……HTML、XML、CSV……テキストなら直接管理できる
◎印刷物や映像ファイルは複合制作物
……テキスト部分を分離させることの重要性
◎ルビ振りと縦中横
◆第3章 知ってるようで知らない日本語デジタル環境
◎知らずに送っている迷惑電子メール
……Outlook Expressがもたらす迷惑な世界
◎改行で「整形」すべきもの、してはいけないもの
……電子メールのマナーとデジタル入稿の常識
◎日本語が読み書きできるパソコンとは?
……日本語環境と欧文環境の区別
◎悩む前に知ろうファイル形式の違い
……拡張子って何? 8.3形式って何?
◎マックバイナリをめぐる「宗派戦争」
……なぜMacユーザーとWindowsユーザーは対立するのか?
◎ファイルの関連づけ
……すべてOS任せがトラブルの元
◎ファイル名の大文字・小文字
……Windows/Macでは同一視され、UNIXでは厳然と区別される
◎改行コードの違い
……Windows、Mac、UNIXで全部違う
◎メディアとフォーマットの違い
……用途と相手の環境を考えて、ファイルを渡そう
◆第4章 文字コード大胆講座
◎文字コードの基本原理
……コンピュータは文字を数値に置き換えて読んでいる
◎世界で最も汎用性のある文字コードASCII
……ASCII文字を読めないコンピュータは存在しない
◎2バイト文字コードの登場
……コンピュータで漢字が扱えるようになるまで
◎機種依存文字と半角仮名文字という鬼っ子
……なぜ私の「ハート」が伝わらないの?
◎JIS漢字幽霊字の世界
……漢和辞典に載っていない文字が60以上も!
◎漢字制限論と当用漢字・常用漢字
……日本に「弘」や「宏」が一人も生まれなかった年
◎しんにょうの点は1つ? 2つ?
……異体字、正字と略字の攻防
◎被害者続出。「恐怖の大王」83JIS事件
……JISコード83年改訂で何が行われたか?
◎異体字をどうするのか?
……2つの「りゅう」と2つの「くに」
◎83JISクーデターを否定した国語審議会
……「掴」「顛」は文字として認知されなかった
◎俗字に未来はあるのか?
……2000JISにも収録されなかった「はしごだか」と「つちよし」
◎新しい文字コードの可能性
……UNICODEと2000JIS
◎日本語ドメイン狂想曲
……とんちんかんな鎖国主義とIT事情の無知
◎UNICODE時代とテキストファイル
……UNICODEによって、ますますテキストファイルの可能性が広がる
◆第5章 テキストファイルを扱うための実用ガイド
◎どんなパソコンを買えば間違いないのか?
……テキストを扱うのが中心なら、そうそう買い換えないのも見識
◎ハードの事故に遭わないために
……メモリはたっぷり積む
◎初心者のうちに済ませておくWindows環境改造
……クリップボードの履歴呼び出し、入力環境、IMEのカスタマイズetc.
◎いらないものを捨てていく
……いつまでもMSNのアイコンがデスクトップにあるなんて
◎データベースとしてのテキストファイル
……GREPソフトはハードディスクを巨大データベースに変える
◎テキストファイルを縦書き表示する方法
……書くのは横でも、読むのは縦で、という人のために
◎WEBでの縦書き
……Plugin形式とHTML疑似縦書き方式
◆第6章 テキストファイルと出版界の未来
◎出版の方法はDTP主流になる
……写植は「活版」と同じように過去のものに
◎出版不況の原因
……紙に印刷しようがしまいが、「本」は売れない
◎デジタル革命が開く少部数多種出版の道
……誰もが出版社を作れる時代
◎テキストファイルと著作権
……「コピーのしやすさ」は両刃の剣
◎そもそも「著作権」とはなんなのか?
……著作権保護と集金システムは別問題
◎集金団体ではない「著作権証明機構」の必要性
……すべては原作者の明示から始まる
◆おわりに
☆こぼれ話
この本は、DOSのDTPソフト「JG3.1」で製作されました。
著者はQXエディタ(OSはWindows98)を使って執筆。編集者は秀丸(OSはWindows3.1)を使って編集し、JG3.1(OSはMS-DOS Ver6.2)を使ってDTPファイルに……と、まさに、「テキストファイル主義」を貫いて(笑)作られています。DTPに使われたパソコンは、NEC のPC-9801BA3(!)です。