タヌパック短信 7

●「植物物語」に騙されてしまった


「植物物語」に代表される「植物原料百パーセント」を謳った洗剤やシャンプーというのは果たして「石鹸」なのだろうか? ……あのCMが流れ始めてから、僕はずっと気になっていました。石鹸でありながら、石鹸と言うと「売れない」から言わないのか? それとも石鹸派を騙してまんまと合成洗剤を使わせてしまおうという陰謀なのか? あるいは、合成洗剤であっても、植物原料のものは石油原料のものより環境負荷が少ないのか?
 ……疑問は次々に湧いていたのですが、なかなか確認できないでいました。
 新潟の家に土壌浄化槽を造った話は『狸と五線譜』にも書きましたが、土壌浄化槽というのはバクテリアやミミズなどの土壌生物に汚れ(有機物)を分解してもらうという構造なので、とにかく土壌生物を殺してしまうような毒物を流したらおしまいです。
 ところが、この夏、新潟の家に滞在中、持参していた石鹸シャンプーが切れてしまいました。現地のスーパーや生協で探したのですが、売っていないのですよこれが。見事にない。シャンプーだけでなく、洗濯用の洗剤や食器洗い洗剤も、田舎に行くほど石鹸成分のものが入手困難なのはどうしてなんでしょう。
 売場で悩んだ末に、怪しいなとは思いつつも「植物物語」というのを買ってしまいました。
 横浜市で水質汚染の問題に取り組んでいる市民運動家の友人(主婦)に訊いてみると「植物物語? うん、宣伝してるわね。よく知らないけれど、大丈夫なんじゃないの?」という返事。でも、企業が大金をはたいて広告戦略を展開しているときというのは、必ず何か裏があるもんです。
 次に、パソコン通信上で石鹸使用運動を繰り広げている人がいたので、電子メールで訊いて、参考文献などを教えてもらいました。いくつか注文したうち、最初に届いたのが『だから、せっけんを使う』(船瀬俊介・著、三一新書)。知りたかったことがほとんどすべて書かれていました。
 結論を言うと、植物物語は合成洗剤でした。「植物性原料」というのと石鹸成分であるということは全然関係がない。「植物原料だから安全、無公害」というPRの嘘は、十年以上も前に登場した「ヤシの実洗剤」(アルキルエーテル硫酸エステルナトリウム=AES=という界面活性剤が主剤)のインチキ広告からずっと続いていた常套的なペテンにすぎなかったのです。
 植物物語が出る前から、「石鹸より皮膚障害を起こさず、無公害。アトピーにも効く」などととんでもない広告で合成洗剤を売る商法がほとんど野放し状態だったということも知りました。
 さらにあっと思わされたのは、例の「味噌汁一杯を台所から流してしまうと、それをきれいにするためには浴槽四・七杯分の水で薄めなければならない」という環境庁の水質汚染防止キャンペーンが、合成洗剤問題から目を逸らさせる巧妙なレトリックだという指摘です。
 そもそも汚水(有機物)を浄化するのに必要なのは別のきれいな水ではなく、有機物を分解してくれる微生物。そしてその微生物から出発する多様な生物循環の環境。味噌汁はミジンコや魚にとっては毒ではなく餌にすぎない。大切なのは水の中の生物を殺さないこと。つまりは生物にとって毒物以外の何ものでもなく、分解も遅い合成洗剤を使わないことこそがいちばん大切なのに、あのキャンペーンではそのことに一言も触れていないではないか、というわけです。
 合成洗剤問題というのは、核開発問題とまったく同じ構図なのだということがよく分かりました。本質的な悪を一見もっともらしい論や巧妙な「環境に優しい」キャンペーンで覆い隠し、利権企業が世論をじわじわと間違った方向にもっていこうとする構図。
「植物原料百パーセントの合成洗剤」などという面倒なことをするくらいなら、なぜさっさと石鹸にしないのか? 単純な疑問が湧きますが、これは、わざわざ毒物を抱え込み、危険にさらされながら、なぜ「もんじゅ」などという恐ろしく不経済なものを造るのかという疑問に似ています。(いきなりお粗末な事故を起こしましたが、神はそう何度も「幸運な事故」という慈悲深い示唆をしてくれないだろうな)
 太陽エネルギー神話や電気自動車にまつわるインチキ臭い情報が、人々に原子力開発の根本的な問題点に気づかせない働きをしているように、あるいは牛乳パック回収運動がゴミ問題の本質から遠ざかる働きをしてしまったように、味噌汁や米のとぎ汁を浄化するのに風呂おけ何杯の水が必要……というキャンペーンは、人々の視線を水質汚染問題の本質から逸らさせる働きをしていたわけです。
 しかし、エネルギー問題に比べて、合成洗剤の問題はかなり単純ではあります。要するに使わなければいい。電力会社から電気を買うことを拒否するのは不可能に近くても、合成洗剤を買わずに石鹸を使うなんてことは、みんなが事の重大さに気づけば、かなりの規模で実現可能でしょう。だからこそ企業にとっては情報戦争に命を懸ける大問題なのでしょうが。
 今年の夏、新潟の家の土壌浄化槽を何度か覗いてみましたが、一度もミミズの姿を見ることができませんでした。不勉強なばかりにウンコを分解してくれていたバクテリアやミミズを殺してしまったのかと思うと、ほんとに情けない。ごめんねミミズちゃん。



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