タヌパック短信 19

■お金のない自由


●二人の独身子持ち女性とインターネットの関係

 僕の周りには、なぜか離婚した同世代の女性がいっぱいいます。その中の一人Aさん(現在は男の子二人と実父と同居中)は、仕事にどうしても必要だというので、僕が二度もパソコン購入につき合い、ソフトのインストールからモデムの設定まで全部してあげたのですが、結局使いこなそうとしない。最初のパソコンが周辺機器を入れて五十万、二台目も最新鋭の高級機。それで今も電子メールひとつ出せないまま。
 その彼女が、最近急に明るくなって、「初めてパソコンが楽しくなった」と言っているらしいのです。理由は、息子(高校生)がインターネットをやりたいと言い出したから。で、なぜ、息子がインターネットに興味を持ったかというと、インターネットで運動靴を買いたいかららしいのです。今流行の一足数万円するバスケットシューズ。その息子の願いをかなえるために、母は敢然とパソコンに挑む……。でも、これくらいがちょうどいいのかもしれません。アナログな家庭のほうが幸せが多いような気もします。

 一方、同じく離婚して小学校六年生の男の子の母親である友人Bさん。彼女は契約している会社からお古のパソコンを安く譲り受けて、公私に渡りフル活用しています。僕と知り合ったのもパソコン通信を通じて。
 彼女は他人を頼らない。最近引っ越ししたのですが、ペンダント型の照明器具を金具のない天井から吊すのにはどうしたらいいのかと、自ら天井のローゼットを分解して研究したとか。パソコンが壊れても自分で直そうと努力する。インターネットは情報を得るより発信するほうが楽しいと、さっさと自分のホームページを作ってしまう。
 そういう母親に鍛えられた息子はやはりひと味違うのか、インターネットで靴を買いたいとは言わない。その代わり、自分専用のIDを貰い、パソコン通信の電子会議室で大人を相手にお喋りしているそうです。
 彼の今年の夏休みの自由課題は「石鹸と合成洗剤の研究」。母親が合成洗剤を使わないようにしているのを見て、「本当に石鹸のほうがいいのか?」と疑問を持ったようです。
 まず、家の中にあるシャンプーや洗剤に酢を混ぜて、石鹸か合成洗剤かを見極める実験を開始。結果、母親が石鹸シャンプーだと思っていたものが合成洗剤だということが分かり、親が子に「これ、石鹸じゃないね」と教えられるという一幕もあったとか。
 カイワレの発芽実験で、石鹸水と合成洗剤溶液の毒性比較なんかもしたといいますから、小学生の自由宿題としては出来過ぎでしょう。
 料理だってする。彼はフライドポテトが大好物らしいのですが、お金を渡して「買っておいで」と言うと、ハンバーガーショップを素通りし、スーパーに行って冷凍食品の大きな袋を買ってきて、自分で台所に立つ。同じ金額なら、調理済みのものより未調理のもののほうが量があるという判断。
「揚げ物は火が怖いから、困るのよね」と言いながらも、そんな息子を誇らしく思っている様子の彼女の毎日は、幸せそうです。
 彼女は最近「お金を使わない生活」に快感を感じ始めたとも言います。台所の隅から小麦粉の残りを見つけて、あ、これで一食なんとかなると考える一瞬が「嬉しい」と。
「いくらお金があっても、毎日通勤ラッシュにもまれるような生活はまっぴら。そんな不自由な人生を送るくらいなら、『お金がないという自由』を選ぶ」と言い切ります。
 母子家庭もいろいろだなあ。


●貧乏自慢と車いす暴走族


 僕の今度の小説『アンガジェ』には、鳥五郎という車椅子生活者のイラストレイター兼ミュージシャンが登場します.この鳥五郎の人物像は、「電撃地下通信」という怪しげな自費出版雑誌(発行人は高橋克也氏。指名手配中の同姓同名の人物とは別人……念のため)に連載されている『闘う車いす』というエッセイがヒントになっています。
 執筆しているしばさきたいぞう氏は、テニスや車いすマラソンなど、車いすスポーツにはめっぽう強いようで、テニスなどは、友人の高橋氏が本気を出してもまったく歯が立たないとか。
 そんなしばさき氏の書く、一種暴走族雑誌の雰囲気さえ漂う(?)車いすの描写や蘊蓄は、僕にはとても新鮮なものでした。
 車いすというと、普通なら「不自由」なイメージがつきまといますが、彼が車いすを語り始めると、いかに素晴らしい「マシン」か、車いすを知らない我々にも生き生きと伝わってきます。自由というのは、いろいろな形を持っているもののようです。
 インターネットで数万円の運動靴を買いたいという子供の気持ちは、どうしてもよく分かりません。僕は学生時代、楽器やレコードが欲しいとは思っても、高い衣服や靴が欲しいという発想がそもそもありませんでしたし。
 今でも身につけるものには極力金をかけない主義で、例えばTシャツは三百円から五百円。百円で売っていればとりあえずまとめ買い。Gパンは千円から高くても三千円。靴も、よそ行き用で四千円どまり。友人たちからも結構呆れられるのですが、それを聞いていた高橋氏、「ぼくは服にはお金を使いません。着られなくなった頃、誰かがくれますから」とぼそり。そういえば、彼のパソコンも、見るに見かねた年下の学生から「無期限貸与」されたもの。貧乏道の師匠と呼ぼう。
 大掃除の季節。捨てられぬ不自由!どうでもいいような「物」でとっちらかった部屋を目の前に、身軽になれない自分の未熟さを恥じ入ります。


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