タヌパック短信 16




●インターネットには手を出すな?


「この背広、インターネットで買ったんだよ」「へえ、部長もやりますね」なんていう調子のテレビCMが恥ずかしげもなく流れています。電車に乗ると、サラリーマン風の男たちが声高にパソコンの話をしているという光景にもよくぶつかります。……うーん、なんだかとっても恥ずかしい。
 そもそも、インターネットというのは学術研究者や政府機関などが相互に情報をやりとりするために通信網を築き上げているうちにここまで巨大化したもので、その情報網を使って一般人が通販で背広を注文するなんていうのは、かなり勘違いというかおめでたい……と指摘する人もいます。
 原稿の送受信や各種の連絡にパソコン通信はなくてはならないものになってきましたが、日本でインターネットを使いこなすような状況ってどれだけあるんだろうと前から疑問に思っていました。だいいち日本では、音にしても画像にしても、インターネット経由で快適にやりとりできるほどの環境が整っていません。
 アメリカでは、データの送受信専用の高性能な専用回線が個人の家からインターネットにつながれていて、その使用契約料が二四時間つなぎっぱなしで月に二〇ドルなどという環境も珍しくないそうです。だから、向こうで作られたインターネットのメールソフトの多くは、回線をつなぎっぱなし、あるいは長時間つないだままの状態にしておくことを前提としたような設計がされています。日本のように電話料を気にしてせこせこつないだり切ったりする状況なんて、あんまり考えていないんですね。だから日本で使う場合はとても使いにくい。
「インターネットでマルチメディア」なんていう言葉も、まるで呪文のように繰り返し言われていますが、日本のように貧弱な電話回線でつないでいる限り、画像も音もまともにやりとりできません。五分間の音楽のデータを受信するのに一時間、ほんの数センチ四方の小さな写真を読み込むのでさえ数分間もかかるような代物では、とうてい使いものになりません。言ってみれば、今の日本の通信環境は、食糧配給に何時間も列に並ばされるようなもの。
 しかし、まったく経験しないというのもどういうものかと思い、とうとう手を出してしまいました。
 案の定、初めてつないだ数日後には自分のホームページを作っていました。いったん感染すると、この病気、なかなか直りません。困ったー。
 自分の宣伝や表現活動が「ただで」できる(多くのプロバイダでは、一定量のホームページエリア使用は基本料金のうちに入れています)。しかも、世界中に発信できる……実際にはそんな甘いものではないと分かっていますが、理論上はそうなのです。パソコン通信と違い、ホームページは一度開設すると、二四時間営業の店を開店したようなものです。しかも、資本金数百億円の大企業と、貧乏作家のホームページになんの差もない。作り方のセンスひとつで、政府や大企業のホームページを圧倒することもできます。
 こうした潜在性に加え、ホームページを作るという作業のゲーム性にものめりこんでしまいました。
 音を出すためにはどうすればいいのか。そのための道具はどこからとりよせればいいのか。その情報はどこに眠っているのか。こういう画面にするには、ファイルにどういう記述をすればいいのか(ホームページはhtmlという単純なコンピューター言語で記述されています)、いらいらせずに画像を見てもらうためには、どの程度にまで小さくしなければいけないか……すべてが謎解き冒険ゲームの感覚なのです。毎日毎日、新しい疑問やら欲やら好奇心やらが芽生え、それを解決するために知恵を絞り、さらに新たな情報を求めてインターネット上をさまよう……。
 これはまずいや。みなさん、絶対に手を出してはいけません。もちろんお金もかかるし。博打や薬物中毒で身を持ち崩した廃人のようになってしまいます。賢人の生き方に反します。
 で、「タヌパックスタジオ」ホームページを開設して半月が過ぎましたが、現在の来訪者数は約二百人(ポルノ画像がらみのページなんか、一日で一万人近く訪れるところもあるそうですが……)。タヌの声が聞けたり、KAMUNAの音楽が聴けたり、過去の草の根通信に掲載された「タヌパック短信」が読めたり、さらには趣味で撮り続けている狛犬の写真を鑑賞できる分室があったり……結構盛りだくさんな内容で、訪れた方々には好評です。
 他のジャズミュージシャンや狛犬研究家(マニア度では三遊亭円丈さんが図抜けています)などとも連携し、相互に行き来できるようにしてあります。
 そして今日、とうとうこんな電子メールが来ました。
「NHKの衛星放送の『世界の天気』でKAMUNAの演奏を聴きました。ぜひCDを入手したいと思い、インターネットのYAHOO!(注・有名な検索サイト「ヤフー」と読みます)で『音楽』×『KAMUNA』で検索して情報を得ました。『グレイの鍵盤』を一枚注文します……」
 あー、なんたる幸せ。そうなんだ、これがインターネットの醍醐味なんだ。貧しくても非力でも、理論的には世界中の人に情報を伝えられる可能性があるわけなんだ……と、一人悦に入ったのでした。おー恥ずかしい!

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